corotantanのブログ

日々の記録です。

ウィルスと人間

 

 

ウィルスは遺伝子を持つが

細胞構造をもたず

自力で増殖できないため

現在は非生物と分類されている。

 

 

でも、私は生物だと思っている。

 

ウィルスは数年単位で遺伝子が変異するため

次々と新種が出てきて

今回のような世界的な脅威となる。

 

人間が生きられるのは

わずか100年にも満たないけれど

そんな短い時の中で

生物が進化していく過程をみられるのは

視点を変えると

ある意味凄いことだと思う。

 

 

ウィルスの変異は遺伝子のミスなのか

はたまた生き残る必要に迫られてなのか

私には分からないが

人間の進化や繁栄を遡ってみると

ウィルスみたいなものだと思った。

 

 

得体の知れないウィルスは

自然宿主以外の生物ににとっては

脅威だけど

 

人間も他の生き物の存在を脅かして

どんどん増殖していく

脅威の生き物だと私は思っている。

 

 

お互い様なんだよ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分であって自分でないのだ

 

 

昨日から体がだるく

なんとなく熱っぽい。

でも熱はない。

 

 

コロンの散歩に出たものの

足が付いてこない。

 

お腹はゴロゴロ・ピーピー😣

 

 

何でもないときに

ダァーっと汗だくになる。😰

そして、サァ-っと寒くなる。😨

 

だるいから横になっても

急にムカムカして

次の瞬間猛烈に暑くなり

汗だく。

 

 

夜は短時間で目が覚め

朝までに何度も寝たり起きたり。

 

 

 

更年期障害だな〰️*1

 

ブッタの言うとおり

自分の体すらも

自分でどうにも出来ない。

 

 

 気長に付き合いますか。(-。-)y-゜゜゜

 

 


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*1:T_T

修行者

 

 

自分はなんて心が

狭いんだろう…。

まだまだだな~( ´△`)

 

 

 

そんなことを考える。

 

 

 

 

どうして落ち込むのか?

 

それは理想の自分に

なっていないから。

 

 

 

ちょっと言わせてもらいますが

あんたは修行者。

一足飛びに悟りに達せられると

思っているのか?

 

 

今は一歩一歩

その理想に向かって

歩みを進めている時ではないのか?

 

 

ならば諦めろ。

今の自分はそんなものだ。

 

そんなものなんだから

落ち込んでいる暇はない。

 

 

今は今の気付きを得て

また前に向いて

歩け。

 

 

 

さぁさぁ!

急げ急げ‼️    C=C=\(・_・)/

 

 


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新型ウィルスに思う

 

 

新型肺炎の影響は大きく

私のような無職で

仕事などの人と接触する機会が

少ない人間にも

いろんな余波が及んでいる。

 

 

まずは10本もの肋骨を骨折して

入院中の義兄が咳をすると

大変なことになるから

マスクを調達して欲しいと言ってきた。

 

 

そして、田舎に住んでいる義母も

田舎でもトイレットペーパーの買い占めが

起こっているので

調達して欲しいと言ってきた。

 

 

 

おそらくどちらも既に

店頭にはなくなっているだろう。

なので、災害用に備蓄してあるものを

双方に届けた。

 

 

 

そして、毎週練習に励んでいる

犬との演技。

これを発表するイベントも

ひとつは延期になり

後の2つも延期か中止になりそうだ。

 

 

発表まであと少し!

ということでみんなの士気が

上がっていたので

とても残念(T_T)

 

 

 

また、毎週休みにはコロンを連れて

温泉巡りや車中泊を楽しんでいたが

これもひとまず中止。

(その代わり3時間も4時間もかけて

遠方まで散歩をしている。)

 

 

母のデイサービスもとりあえず

キャンセルした。

(母は毎週休みたがっていたが、いざ休みとなると『マスクを付けてでも行きたい』などと言い始めた。😁)

 

介護施設へのコロンを連れての

ボランティアもしばらく中止。

 

 

 

こんな風に世捨て人のような私ですら

いろんなことが日常でなくなるのだから

会社経営やアルバイトのひと

また子供さんを抱えた人などは

さぞかし大きな不安が

のしかかっているだろう。

 

 

 

"ウィルス憎し"

"感染者排除"

 

こんな風潮の今こそ

ブッタの言葉を思い浮かべている。

 

 

全てのものは

自分のものではないのだと。

 

人間は何もかもを自分達のものに

したがり過ぎるのだと。

 

 

地球は人間だけのものではない。

そこには数えきれない生命があって

ウィルスもそのひとつなのだ。

 

自分のテリトリーで

静かに暮らしている生き物を

人間が掻き回すから

こういう事態になるのだし

それは仕方のないこと。

 

もっと広い視野で

冷静に物事を判断し

それを受け入れる度量を

人間は養わないと

いけないと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

善き友

 

 

ブッタについての本を読んでいると

こんなことが書かれていました。

 

『ブッタや修行者たちは朝早く托鉢に出かけますが、そのとき水平線から朝日が昇ってくる光景を見ていたことと思います。その様子を思い浮かべながらの話のようです。東の空がほのぼのと明るくなるのは、太陽が昇ってくる前兆である。それと同じように、修行者が聖なる道を成就するときもそのきざしがある。その前兆とは、善き友を持つことであるというのです。善き友に教えられ、励まされ、道を成就できるのだと言うのです。』

 

 

 

 

私が世間に対して

不満や嫉妬、怒りや虚しさなどを

抱え込んで苦しんでいたころ…

 

周りには私の気分を逆撫でする

敵ばかりで

いろんな所でクレームをつけ…

 

友だと思っている人達にすら

怒りの刃をそっと

向けていたような気がします。

 

「裏切ったら刺すよ…」

 

って。

 

 

 

 

ところが自分や世の中に対する

執着を手放していくと

ブッタが言うとおり

 

周りには教え、励まし

成就への道を共に歩んでくれる

善き友がたくさんいてくれて

 

そればかりか

通りすがりの人や

お店の人達も

驚くほどに親切です。

 

 

周りの人達が

信用できない人達や

裏切る人達だったわけではなく

 

私の心の目が

その人達を

そういう風に

見ていたのですね。

 

 

だから、善き友に巡り会いたければ

自分が変わるだけでいいのです。

 

 

 

 

 

その人達それぞれが携える

灯明が集まって

今や、私の前途も

明るく照らされ

喜びに満ちています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美意識

 

昨日は美容室に行きました。

もう頭全体がほぼ白髪なので

月に一度の白髪染めは欠かせません。😵

(ちなみに小学生の時から白髪がありました)

 

 

今は将来のグレーヘアーに向けて

色を少しずつ明るくしてますが

ある問題が出てきました。

 

それは、眉毛の色と合わなくなったこと。

 

 

そんなら、眉毛を明るく塗ったら⁉️

 

なんですが…

 

 

わたくし、今までに眉毛を塗る

なんてこと一度もしたことなく

放置していたので

そんな発想は皆無でした。😅

 

 

化粧っ気ゼロ

それも私らしさ~😁

と許していた私ですが

美容師さんはそれを許しません。

 

 

とりあえず眉毛だけでも

明るく塗りましょう( ̄▽ ̄)b

と眉毛のマスカラ?とやらを

塗ってくれました。

 

 

違いますね〰️✨

眉毛ひとつで変わるものですね❗

 

まっ、他人様が見たら

どうってことないでしょうが

これはいい‼️と思って

早速購入して帰りました。

 

3000円…

ドラッグストアーで買えば良かったな

と後悔しながらも

今朝はいそいそとそれで

塗ってみました。😊

 

 

私の理想は大竹しのぶさんという

たか~い理想なので

少しは努力もしなくちゃねぇ~😁

 

 

 

 

これは夢でしょうか?

 

4年間悩み続けた愛犬コロンの

散歩中に引っ張る癖と

車内で対向車に向かって暴れる行動が

ここ数日で嘘のようにおさまりました。

 

https://www.instagram.com/p/B9BNYwtF430/?igshid=jt4hxlecc28

 

 

あまりにもあっけないことだったので

喜びと共に

これはもしかすると

夢なのでは…

また明日になったら

元の暴れん坊に戻っているのでは…

という不安にも駆られています。😅

 

 

でも、とりあえず

 

嬉しい~~~~‼️✨(*≧∀≦*)

 

 

ドッグダンスに学ぶ

 

 

犬の躾教室が運営している

ドッグダンス部に

今年の初めから入部しています。

 

 

普段の躾教室では家庭犬としての

服従訓練を終えて

よりきちんと横を付いて歩かせたり

長時間待てをさせたり

確実な呼び戻しなど

もう一段階上の服従訓練

をしていますが

 

ダンス部ではトリックという芸を

音楽にあわせて

飼い主と一緒に行う

練習をしています。

 

 

ここで気が付いたのが

訓練は飼い主からの

一方通行ではいけない

ということです。

 

 

服従訓練というと

ついつい飼い主が強制的に

犬に躾をしている感じがありますが

それでは訓練の難度が上がっていくと

成功しないということです。

 

 

犬にもしっかりとした意思があります。

それを無視して

人間が一方的に命令しても

犬は応じてくれないからです。

 

 

私はここに大きな間違いをしていたので

ダンス部に入って

相互の信頼関係を再構築することから

スタートしています。

 

芸はその次です。

 

 

 

今のところコロンはダンスの練習中に

私が呼んでも遊びたければ

チラッと見ただけで

また遊びに行ってしまいます。😵

 

普段の訓練中は訓練だと

分かっているのできちんと

戻ってくるんですけど

本心は戻りたくないんですよね。

 

 

まっ、言い換えると

ダンスはコロンの中で

遊びの感覚なのかもしれないので

良いことかもしれませんが。😅

 

 

 

みんながダンスの練習をしている傍らで

ひとり「コロン!コロン~❗」と

必死で呼び戻しをしている自分が

なんとも滑稽に思えますが

 

今までコロンの気持ちに

無頓着だった自分への

反省も込めて

地道に頑張ろうと思っています。😊

 

 

 


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体内時計

 

昔ほど長く

眠れなくなりました。

 

目が覚めて時計を見ると

まだ日にちが変わっていないことも

しばしば。

 

そんなとき

すごいショックを受けます。

 

 

 

昔はあっという間に朝が来て

ショックを受けていたのに

今は夜が明けないことに

ショックを受けている…

 

 

諸行無常というけれど

体内時計すらも

移り変わるものなんですね  (-_-).。oO

 

 

 

朝方の動物達


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逃げ道などないのだ‼️

 

 

愛犬コロンが急激に

変わってきました。

 

 

 

今までは動くものに本能的に反応して

車の中だろうが

ところ構わず暴れて

ガラスに爪の跡がつくくらい。

 

 

それでは危ないと

ケージにいれると

その中でも暴れて吠え続け

ケージを破ってしまうので

ほとほと困っていました。

 

 

そんなコロンを

夫はケージの外に出して

車を走らせ

対向車などを追いかけたら

その都度静止させるように言いました。

 

 

ずっと対向車を追いかけて

車中を走り回っている犬を

その都度静止させるなんて

途方もないこと…

 

そんなことできるかい!!😡

 

と反抗していた私でしたが

夫があまりにも言うので

渋々訓練していると…

 

 

なんとなんと

少しずつ対向車を

追いかけるのを我慢し始め

伏せをして対向車をやり過ごせるようになり

今ではケージに入っておくように言うと

サッと自分から入って

大人しくしているようになりました。

 

 

それにしても

走行中ずっと

「ステイ!ステイ!」

「いい子~😆❗」「ノウ〰️😡❗」

など対向車毎に言い続けるのは

気が遠くなるような訓練でしたが

 

 

今となると

やって良かったなーと

つくづく思います。

 

 

そんなコロンに

今日は新しいケージをプレゼントしました。

(やはりケージに入っていないと危ないので)

 

それは天井の部分が

ファスナーになっていて

開くので

そこから頭を出して

外を見ることができます。

 

 

早速車に取り付けて走ってみると

初めは気がつかなかったようですが

途中からは頭を出して

嬉しそうに外や対向車を眺めていました。

(以前ならそこから飛び出して大騒ぎだった)

 

 

 

散歩も車を追いかけるので

特別なハーネスをしていましたが

躾教室ではハーネスはダメなので

首輪にリードを付けます。

 

 

今日はそのまま外に出てみると

なんと引っ張りも少なくなっていました。

 

本当はそうでなくてはいけなかったのに

私が静止させるのを面倒がって

ずっとハーネスを付けていたので

それが逆効果だったようです。

 

 

後から思うと

そんな分かりきったこと

最初からしておけばいいのにって

思いますが

その渦中では分からないものなんですよね。

 

 

何事もそうだけど

横道に逃げようとせずに

真っ向から向かっていくことしか

道はないんですよね。

 

 

そんなことを教えてくれた

コロンなのでした。

 


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あ~、我が愛しのコロンよ。✨❤️

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

楽しみとは何か

 

 

新型肺炎のために

車中泊しながらの温泉巡りや遠出も

止めています。

 

 

 

なので、今回の連休は

近場でのんびりと過ごしました。

 

 

 

 

コロンの同胞ロンくんたちと

ワンコの団体演技の練習をしたり


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近所の子犬の紅ちゃんと遊んだり


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(横向きですみません😅)

 

 

噂には聞いていた

いとこのハルくんと

散歩中に偶然に出会ったり


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ワンコ三昧でした。

 

 

 

 

特別なことをしたり

どこかに出掛けたり…

 

そんなことをしなくても

 

 

楽しみはこんなにも近くに

たくさんあったのですね。

 

そして、それは

人との繋がりの中にあるのですね。

 

 

 

 

 

 

きな粉ご飯に思う

 

 

先ほど、朝ごはんを食べておりました。

 

昨晩の残りのご飯を温めて

きな粉をかけたものです。

きな粉は塩と砂糖を

加えています。

 

他にはお味噌汁もお漬物も

何もありませんが

私はきな粉ご飯が大好きです。

 

 

それを黙々と食べながら

こんなことを考えていました。

 

 

『このお米は誰が作ってくれたのだろう。

 

毎日ご飯と少しのおかずだけで

生活するのも素敵だな。

 

コロンの兄弟犬を近々

迎えたいと考えていて

動物達のご飯代がかかるから

必然的に人間の食べ物は

質素になるだろうな。

 

 

そういえばブッタは

朝に托鉢に出掛けて

お布施を頂いて

それを食べたら

一日の食事はそれだけだったらしい。

 

1日一食なんて

私には苦行でしかないように

思えたが

 

もしかすると

その一食に感謝して

ひとくちひとくちを

大切に味わったら

それは苦行ではなく

楽しみであって

それだけで

満足できるのかもしれない。』

 

 

 

 

 

 

誰かが作ってくれて

いろんな人たちの手を介して

お店に並んだお米を

夫が稼いでくれたお金で買って

母が炊いてくれたご飯を

私が頂いています。

 

 

そんなことを

黙々と考えていたら

涙が溢れました。

 

 

この世界は

やはり優しいのです。

 


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昨年末から

認知症の進行を

遅らせる薬を使い始めた母。

 

 

落ち込んでいた意欲が

少しずつ回復しつつあります。

 

 

*近所の美容室に行く

*美容室帰りにスーパーに寄る

*デイサービスに休まず行く

*デイサービスに来る

  移動スーパーで買い物をする

*頂きものの野菜をお浸しにする

*ジャガイモのにっころがしを作る

*畑にジャガイモを植える

*家族とドライブに行く

*外食をしようと言う

*自ら車から出て日光浴する

*美味しいアイスクリーム屋の

パフェをたくさん食べた

 

 

 

本当に些細なことで

気に留めていなければ

日常の光景として

流れていきます。

 

 

しかし、認知症の介護って

こういう些細な変化を

見逃さずに

ご本人やご家族に伝えて

励ますことが大切だと

感じています。

 

 

先の見えない

だらだらと続く

暗闇の道を

一人で歩いているのは

辛いですから。

 

 

 

私は幸いに医療と介護に

携わっていたので

両親の介護と看取りの覚悟は

できています。

 

でも、やはり寂しくなるのは

職業人から離れて

一人の人間として

母と向き合っているとき。

 

 

頼りがいのあるケアマネージャーさんや

優しいデイサービスのスタッフさん

そして、妹や夫に

支えられて

母の残りの人生を

豊かなものに出来るように

寄り添い続けたいと思う

今日この頃です。

 

 


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コロンと瞑想

 

 

コロンと佐古ダムの遊歩道を

散歩した。

 

 


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風もなくぽかぽか陽気。

 

 

 

 

 

軽く目を瞑ると

あっという間に

グッ~と意識が沈む。

 

 

呼吸を深めると

肩の力も抜けていく。

 

 

 

私が瞑想を始めると

それまで先々走っていたコロンが

スッと私の両足の間に入ってきて

私と一緒に瞑想?

 


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いつも彼を側に居させたくて

しつこく呼んでみたり

隠れてみたり

逃げてみたり

いろいろあがいてきたけれど…

 

 

彼の魂は

私の躾など不要なほど

もっと高いレベルに

あるような気がした。

 

 

 

 

 


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物体の意味

 

 

前々回の記事にこんなことを書いた。

 

『人は身勝手なものなのだ。

だから、結局は

自分が可愛いから

世の中は辛いのだ。』

 

https://corotantan.hatenablog.com/entry/2020/02/16/064710

 

 

 

 

他者から責められたとき

自分が可愛いから

辛い。

 

 

この場合の"我執を捨てる"とは

どういうことだろう?

 

 

責められたのが"可愛い自分"

だという思いを

捨てればいいのだろうか。

 

 

ブッタは

この自分ですら

偶然の集まりでできたもので

形あるものではない。

 

と説く。

 

 

さっき母が責めたのは

目の前にいて

責任転嫁しやすい

娘と名の付く物体の

"私"だった。

 

 

母から見ると

怒りに値する"娘"という名の付く物体

に見えたのだろう。

 

 

私から見ると

責められる謂れはない

可愛い"私"と名の付く物体だ。

 

 

同じ物体であっても

見る者によっては

真逆の意味を持っている。

 

不思議な現象だな。

 

 

見る角度によって

黄色から朱色

そして赤へと

色を違える太陽のように

私という物体も

違う意味を帯びている。

 

 

だから俯瞰して見ると

他者に責められた~

辛い~

と思い詰めても

意味はないのだろう。

 


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